2006年08月02日

南ア縦走・茶臼〜北岳

夏合宿南アルプス隊FB(記:藤田)


メンバー:4;大原 3;L藤田 谷田 2;FE(Eは7〜10日)木村 E(7日まで)田中 WH吉村 1;秋山 藤井

行動:8/2 静岡駅=畑薙第一ダム〜横窪沢小屋〜茶臼小屋▲@ 

   8/3 ▲@〜茶臼ピストン〜上河内岳〜聖平小屋▲A

   8/4 ▲A〜聖岳〜兎岳〜中盛丸山〜百間洞▲B

   8/5 ▲B〜赤石岳〜荒川小屋▲C

   8/6 ▲C〜悪沢岳〜高山裏避難小屋〜三伏峠小屋▲D

8/7 ▲D〜(本隊は終日停滞、分離隊をだし田中を分離下山)〜▲E

8/8 ▲E〜(台風7号接近のため終日停滞)〜▲F

8/9 ▲F〜塩見岳〜熊ノ平小屋▲G

8/10 ▲G〜三峰岳〜間の岳〜北岳〜広河原=甲府駅8月1日(火) 晴れ

東京駅17時集合としたが、間に合ったのはLと1年2名のみ。谷田を除く残りの4名は適宜集まってくる。ここで問題が発生。「学館がしまっていてα米二食分が手に入らなかった」と吉村。東京駅周辺で調達或いは静岡駅で調達の二通りの対処が考えられたが、東京駅周辺でもアルファ米が入手できる見込みがなく、また、列車の発車時刻も迫っていたので静岡駅で購入する事としとにかく出発。

静岡駅でα米の代わりに米一キロ、パスタ1キロを購入。その間、関西の会社員と(主に大原さんが)話をしていたら、別れ際にどら焼とお茶を差し入れてくださった。駅カンは難しそうなので付近の公園で就寝。谷田も23時頃到着。公園に連れて行き、地図を渡して寝る。


8月2日(水) 晴れのち曇り

畑薙第一ダム708〜804畑薙大吊橋814〜(タルミ二回)〜1108横窪沢小屋1128〜(タルミ二回)〜1423茶臼小屋▲@

静岡駅を4:46に出発し、畑薙第一ダムまでタクシーに乗る。6:56に到着。8名で29900円。体操をし、7:08にいよいよ出発。はじめの一ピッチは林道である。東海フォレストのゲートはダムより15分程度進んだところにあり、本当はそこまでタクシーでいけるはずであった。一ピッチで吊橋まで来ると、吊橋の手前に団体がいる。吊橋に何かあったのか、と思ったら、単に休んでいるだけだった。吊橋は、足元の木の板が細く、下が見えるが、ワイヤーがしっかりしているので、あまり怖くない。吊橋を渡ったところでタルミ。このたるみで、吉村がヘルボのテーピングを1巻き畑薙湖に落とした。

この次のたるみのときに、田中が水を抜いてほしいという。田中宣はく「足腰は大丈夫なんだけれど、肩が・・・」(←このせりふはその後数日何回も聞くことになる。重い原因は大量の行動食およびにんにく、石鹸etc)。いわれたとおりに水を抜いてしまった。その他は特に障害もなく、横窪沢小屋まで快調に進んだ。横窪沢小屋で水を補充し、雷について聞く。ここ数日雷はなく、今日も大丈夫だろう、とのこと。茶臼小屋まで行く事に決定。出発後のピッチで、谷田が遅れ気味になる。水を抜いて大原さんに持っていただく。その後は谷田も元気そうであった。途中の水のみ場の水は涸れていた。誤った現在標高のプレートがある単調なのぼりを登っていくと茶臼小屋まであと少し、という看板が出て、そこから少し行くと突然前に小屋が見え、今日の目的地についた。羊羹をもらった。

サイトではキムチ鍋の予定がKCSになった。昨晩あまり寝ていないこともあり、皆早々に就寝した。


8月3日(木) 晴れのち曇り

▲@440〜450茶臼岳分岐(カラミになる)452〜512茶臼岳525〜540分岐(藤井の足処置)554〜(タルミ一回)〜714上河内岳分岐(カラミになる)719〜727上河内岳800〜807分岐814〜(タルミ一回)〜1001聖平▲A

テントから出てみると、星空。今日も晴天が期待できる。ストックが無駄ボッカになるのでは、と心配していたが、大原さんが使ってみるというので渡す。サイト場を出発し、すぐに分岐に着く。茶臼岳にはカラミで行く事にした。雲海が広がり、光岳は見えなかったが、聖岳は時折見えた。集合写真などとったりしてから、分岐へ戻る。分岐にあった看板には、仁田池下の水場は使用不可、ということが書かれていた。分岐に帰ってから、藤井の足にテーピングなどを施す。そこからしばらくなだらかなところを行き、上河内の分岐へと至る。南側から見る上河内岳はなかなか格好良い。上河内岳分岐で、藤井が酸素を使いたいというので酸素スプレーを渡す。使用後、「スッキリしました」といっていた。この先、聖平までの下りで、藤井にストックを使ってみるか、と聞いたが、大丈夫です、と本人が言ったので、この日は渡さなかった。最後、聖平へ行く木道で藤井がスリップした。

聖平には一番乗り。お茶とクッキーを頂く。テントを張ったが、聖平が工事中で、物資運搬のヘリが飛んでくるので、テントをつぶし、上にザックを載せておいた。少し離れたところで外サイト、吉村による局地気象補足を行なう。皆のんびりしていたところに、最後のヘリがやってきた。その強風がつぶしておいたテントを吹き飛ばし、木にぶつけ、ポールの一部がゆがんだ。迂闊であった。周りの人々は最後のヘリが言ってからテントを建てはじめていたので、そうすべきだった。テント修理筒を使い、工夫すればテントが立つ、というレベルまで応急処置。田中が吉村ににんにくを押し付けようとしていた。

本日も雷はなく、安心して皆就寝。


8月4日(金) 晴れのち曇り

▲A422〜4532478ピョコ506〜(タルミ一回)〜659前聖(奥聖往復)800〜859聖兎コル909〜959兎岳1009〜1053小兎手前コル(水汲み)1122〜(タルミ二回)〜1341百間洞▲B

まだ暗いうちに出発。皆、ペースが速い。藤井が足の調子がおかしいというので、ピョコで足に処置する。また、ストックも持たせる。この段階で、木村のストックが一本しか使えないことが判明。聖まではザレ場をひたすらに登る。落石には注意。前聖で、L初の3000m峰。赤石、悪沢が見える。「大無間イモくないですねー」と木村。聖からの下りは、怖くはないが、急な岩場。気温も高く、疲れる。稜線から巻き道へと変わるところは難なく見つけられた。コルから登り返し、兎岳避難小屋を横目に見ながら兎岳に到着。この頃から雲が湧き出す。小兎手前のコルで水を汲む。水量自体はあるが、多少汲みにくかった。その後、中盛丸山を経て百間洞へ。気温が高く、風もないので皆元気がない。大沢岳はガスに包まれていた事もあり、行かなかった。中盛丸山では、水を分けてほしいといった人がいたので、500mlほど分けてあげる。

中盛丸山から、静岡県の夫婦と同行。東大生、ということを聞いて「勉強したんだねー」という奥さんに「現在進行形です」と答える大原さん。巻き道をしばらく行くと百間洞に着く。明日の天気はどうですかねー、と小屋の人に聞くと「最近晴れが続いているからそろそろ夕立があるかもしれません」との答え。テント場は、水場、トイレから若干離れているが、早い時刻に着いていた事もあり、割合に近いところにテントを張ることができた。この日のメニューはゴーヤチャンプルーとにんにくスープ。にんにくの量の多さに皆うんざり。せっかくのコンソメの味が台無しだった(らしい)。ゴーやチャンプルーはそれっぽい味だった。テントの中にいるとき、一時、雨がぱらぱらと降ったが、それだけ。後は雷もなく、今日も平和な一日だった。


8月5日(土) 晴れのち曇り

▲B452〜(タルミ二回)〜727赤石岳752〜(タルミ一回)〜934荒川小屋▲C

朝のトイレ渋滞もあり、出発が遅れる。秋山の一分間スピーチ。四泊以上するのは「未体験ゾーン」といっていた。赤石岳は、なんというか、非常に登りやすかった。赤石山頂からは、悪沢、聖、中アの山々などがよく見える。本日も非常に展望に恵まれている。赤石岳からの下りで、団体の登山客とすれ違う。下った先の大聖寺平でまたも集団が見えて、団体の登山客かと思ったら、大聖寺平あたりの地形の調査にきた集団(静岡大学あたりか)だった。この辺は珍しい地形らしい。荒川小屋には10時前に着く。藤井は行くなら歩ける、といっていたが、それよりもLがこの時間での暑さ陽射しを忌避し、前日の疲れも考慮の上、今日はここで泊まることとする。皆、シュラフを干したり昼寝したり読書したり至平の夢に浸ったりする。谷田携帯で大野さんに連絡。水場の位置を多くの人に尋ねられ、教える。夕飯はα米の代替物のパスタ。

昼過ぎ頃に少し空電が入ったが、耳には聞こえず、雨も降ってこず。時間があったので、歌会を行い、就寝。


8月6日(日) 晴れのち曇り

▲C423〜(たるみ一回)〜540前岳中岳コル(サブ装つくり)548〜647悪沢岳707〜800前岳中岳コル818〜(タルミ一回)〜1004高山裏避難小屋手前水場1022〜(高山裏避難小屋は1032に通過、たるみ5回)〜1540三伏峠小屋▲D

今日は三伏峠まで行く事を視野に入れて出発。前岳中岳コルへの登りの途中にある水場は涸れていた。途中、尾根に乗ったところなどで木村が藤井に現在位置を聞いていたが、分かっていないようだ。コルからはサブ装で行く。中岳〜悪沢は多少細くて怖いところもあるがそう心配要らない。ストックが邪魔そうなところでは藤井の手からストックをとる。中岳避難小屋は写真でみた方が立派そうに見えた。悪沢からは小河内避難小屋が見え、今日進む距離の長さを感じさせた。悪沢からの帰りに大原さんが軽く落石。大事には到らなかった。

コルに戻り、本ザックで再び出発。前岳からの下りは、まあ怖いが、天気もよく、風もあまりなかったので心配したほどではなかった。沢状地形を下っているときに、甲子園が開幕した。高山裏避難小屋へ行く途中の鎖は、あらずもがなのもので、危険はない。高山裏避難小屋の十分ほど手前に水場があり、宿泊者もここで汲むと楽ですよ、という旨の看板あり。ここで水を汲みながら、三伏まで行きたいか、と聞くと、木村・田中が行きたいと答え、あとはどちらでもいい、という。なので、行く事に決めた。藤井のテーピングなどをし、出発。高山裏小屋は通り過ぎたが、なかなか気持ちのよさそうなサイト場であった。その先、限界下でも、一部木のないところを通りつつ、三伏峠小屋まで歩いた。雲が出ていたので始終ラジオを聞いていたが、結局空電は入らなかった。三伏峠小屋に至る道は、最後のところは稜線に忠実ではない。看板、赤テープを見ながら進むと良い。何とか16時前に小屋に着く。水場が遠いのが難点だが、トイレのそばで携帯が入るので予報などが見れ、重宝した。テントを張り、今日の行程が長かった事と、予備日を一日分稼いだ事、普段の食事の量が少ない事から考え、二食分の食料を投入し、沢山食べる。

翌日もわりと長いので、早く寝るように、など言ってみなの気持ちが明日に向かっているときに田中から「火曜日に下界で用事があるので明日降りようと思うのだけれど・・・」という発言が飛び出す。今日ここまで来させたのはこれが目的だったのか。どうやら単独分離下山ができると思い込んでいた模様。それはできない、といっているのにいろいろ理屈をこねる田中。そんなことしてもこちらをいらだたせるだけなのに。結局この夜の段階では、田中は下山するか合宿を続行するかの結論を出さないまま就寝。夜は雷の音が聞こえたり、どっかの学生団体が20時頃までうるさかったり暑かったり精神的動揺があったりでLはなかなか眠れなかった。


8月7日(月) 晴れのち曇り

▲D〜(本隊は停滞、田中分離隊は下り68分上り104分で豊口山登山口往復)〜三伏峠小屋▲E

田中下山に決定。バスが、エアリアと異なり塩川小屋でなく豊口山登山口にきているようなのでそちらにおろす。参考成立条件がL権者3名以上なので、2年二人と大原さんをつけて分離下山。残った人でゼリーを作ったり、一年は天図を取ったりかまどの歌の練習をしたり。登山道には所々桟道や、危険箇所にははしごがあったそうだ。

この日の16時天を見て、ビックリする。台風7号が接近しそうである。翌日午後の予報も良くないので、翌日は停滞含みで就寝。


8月8日(火) 曇りのち雨

▲E〜(終日停滞)〜三伏峠小屋▲F

台風接近、午後の予報が依然悪いため、停滞に決定。大野さんにも連絡。午前中は6時頃に少し雨が降っただけだったので、行けばよかったかと少し後悔。同じ処に3連泊するのも気が滅入る。あまりテントから出ることもなく、気が付けば一日が終わっていた。22時天をとっても、台風の進行が遅くなっているのが分かるだけで、明日も停滞を覚悟して寝る。夜は強風と雨。若天のフライがはがれていた事があり、修復に出た。しかし、この間に木村などのシュラフはぬれてしまっていた。申し訳ない。この晩ここにテントを張って止まったのは個人2組と団体2組のみ。


8月9日(水) 曇り時々晴れ、そして夕立

▲F810〜900本谷山910〜(たるみ二回)〜1144塩見西峰1156〜(たるみ3回)〜1542熊の平小屋▲G

5時起床。朝食はシリアル。朝の段階で天気予報を見ると、どうも悪くない。ニュースを聞いても台風は東に動いてそれていくようである。また、その後の予報は、10日が良く11日が悪い。など、色々の点を考え、今日中に熊の平に行き、明日の晴れで北岳をうって降りるのが最善と判断した。よって、7時半頃に出発を決定。もう停滞にも飽きていたので、皆歓迎ムード。8時10分に出発した。本谷山からは久しぶりに町並みがはっきり見えた。はじめの2ピッチほどは谷田が快調に歩くので、二日ぐっすり寝て元気になったのか、と思いきや、その次のピッチで遅れる。今日は出発が遅いのでさくさく歩きたかったため、水を抜く。タルミで、谷田に酸素を吸わせ、燃料も抜く。塩見への登りはガスに包まれていたので雷が怖かったが、時折光がさして明るくなるので、そこまで心配はなかったかもしれない。空電が入らないかラジオを聞いていたら、長崎の記念式典などを放送していた。塩見ののぼりに関しては、ほとんど危険は感じなかった。むしろ、塩見からの下りで尾根が細いところの方が怖く感じた。塩見は本山行百名山で唯一のガスピークとなってしまった。塩見から下り始めたときに少し晴れ、蝙蝠岳へ伸びる尾根などがはっきり見えた。

塩見からの下りにある水場は、「水場」という標識はなく、赤ペンキ・赤布のところから下っていくようだ。その後は、あまりアップダウンのない道をだらだらと歩く。所々樹林が切れた岩場がある(竜尾見晴近辺や安倍荒倉岳など)。安倍荒倉岳は山頂を巻いていなかった。そんなこんなで熊ノ平に到着。今晩の夕食はキムチピラフ+カレー。辛いものの苦手な藤井は辛そうだった。少し斜めの地面でサイト。就寝時刻間際からしばらく夕立があった。雷はなし。翌日も長野県は全域で降水確率20%以下なので明日の好天に期待をもちつつ、天突きでいうことに就いて考えながら就寝。


8月10日(木) 晴れ

▲G422〜(たるみ一回)〜626間の岳644〜745北岳山荘755〜856北岳941〜(たるみ3回)〜1308広河原

本日いよいよ最終日。星がよく見え、今日の好天が予想される。藤井の一分間スピーチのあと、出発。進む向きの左後ろには、満月に近い月が美しく出ていた。三峰岳手前では東方に朝焼けの中の富士山が見えた。三国平〜三峰岳〜間の岳は岩場。少し怖い。ペンキがいっぱい打ってあるので、ルート取りを間違えないように。しかし、今日はほとんど人に出会わない。これは、間の岳を経て北岳に到っても変わらず。昨日のほうがよっぽど人に出会った。北岳山頂も我々が独占し、天突きも行った。その後は吉村sL、一年トップで進む。藤井は足が痛いといいながら、トップでは飛ばす。下りではちらほら人に遇う。二俣より下の大樺沢には雪渓はなく、安心して下れた。二俣より上の左俣コースには多くの雪が見え、危険そうであった。大樺沢の登山道は、いたるところから水が出ていて、どこでも水が汲める。Lは一箇所浮石に足を乗せてしまい、ヒヤっとしたが、基本的には危険なく下れた。下山したら折りよく甲府行きのバスの時刻が迫っていたので、それに乗る。この日はすいていたそうだ。甲府で銭湯に入り、とんかつを食べて、解散。皆さんお疲れ様でした。


≪総評≫

非常に天候に恵まれた山行となった。初の道合宿だったが、満足いくものになったと思う。全体を見ればサイトでの出遅れもあまりなく、その辺は評価していい事だと思います。


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