2006年07月15日

上越国境西部・白砂山〜三国峠

7-3ヤブトレFB(記:藤田)

メンバー 3:福村 L藤田 山森 2:EH木村 FW長谷川
行動 7/15 野反湖〜白砂山〜ムジナ平▲@  7/16 ▲@〜三坂峠〜上越橋

7/14(金) 晴れ時々曇り
 暑い東京を離れ、薮へ向かう。高崎2000発の電車に皆間に合う。いつもの上越線と違うと違う吾妻線で長野原草津口へ。登山口付近の休憩舎で水が汲めるのは分かっていたが、水道水かは疑問だったのでLポリは一応ここのトイレで汲んだ。中型タクシーに5人で乗り込み休憩舎へ。途中、入山連絡を入れ忘れたのに気付き、冷や汗。野反湖へ向かう途中の車中で電話が通じたので入山連絡。よかった。このとき空は晴れていて月が大きく見えた。野反湖まで11000円ほど。野反湖の休憩舎は立派。トイレ水道あり。20人いても皆入って眠れるような、雨風をしのげる施設。電波はAUで1.5本ほど。通話は無理そう。明日の準備をして就寝。

7/15(土) 曇り→雨→晴れ→曇り時々雨→雨
野反湖休憩舎417〜(タルミ一回)〜552堂岩の泊場613〜(タルミ一回)〜750白砂山805〜(タルミ一回)〜955上ノ間山1005〜(タルミ二回)〜1312忠次郎山1327〜(タルミ一回)〜1521上ノ倉山1531〜1550大黒の頭直前1625〜1758ムジナ平▲@ 
 4:10に体操。4:17発。体調の悪いひとはいなそうだ。はじめ、ハンノ木沢を渡るところは、橋がある、という情報だったが、橋は壊れていた。ただ、水深は非常に浅いので石伝いに難なく渡れた。堂岩の泊場までさくさく進む。泊場に水場の標識あり。道沿いに北に3分ほど行くとある。ここで全員満発(全体15発)にする。泊場は南側が開けていて、野反湖が見えた。虫が多く先が思いやられる。
 その後、白砂山まで進む間に、木村が少し辛そう。エキボ、ヘルボにテント本体を持っているという。しかしそこまでペースを落とすわけではないし、南アではもっと重いはずなので、この時点で特に対処はしなかった。稜線から南はわりと山の形が見えるが、北は雲に覆われてあまりはっきりと見えない。
 白砂山でヤブ装をつけ、薮に突入。とはいえ、このヤブは基本的に稜線上右端が笹になっており、また稜線もはっきりしているので、右に落ちる事だけ気をつけて歩いていれば問題なくいける。特に最初は膝丈で、「ヤブ漕ぎやらない人でもいける」(福村)。そんな事よりも、ラジオに空電らしきものが入っていたのが気になった。予報によると雷は12時以降処により、ということであったが、空電は聞こえ、途中から雨も降り出した。ただ、雷の音が耳に聞こえる事はなかった事と、前述のように稜線右端は笹だが、稜線左端から少し落ちたところにかけて潅木帯が続いていた(これは大黒の頭まで大体続く)ので、いざとなればそこに逃げ込めば何とかなると考え、進む。上ノ間先あたりから木村の遅れが目につき始める。
 赤沢山への登りは潅木帯を通る。赤沢山から下る際、長谷川が赤布に惑わされ、下るべき地点よりも前から下り始める。木村もついていく。二人はトラバッテ稜線に復帰。赤沢山の下りも潅木帯だった。このあたりから陽が差し始める。忠次郎山へ向かう際、木村の足取りが重い。忠次郎山で、山森の差し入れコーラを飲み、木村のヘルボを山森に、水一発を福村にボッカしてもらう。
忠次郎山先のコルは、東が切れていて怖い、と言う記述があったが、怖くない。むしろそこから登った2050mからその上にかけてのほうがよっぽど東に落ちそうで怖い。このあたりでたるんだとき、木村のエキボ、F共装を福村に渡す。サイト予定地に1521に着いたが、活発になった梅雨前線が月曜まで居座るという予報を聞き、日曜日の下山を念頭にサイトを伸ばす事にする。大黒の頭直前で天図タルミ。大黒の頭からの下りは少し急な笹薮で、濡れていることもあり結構滑った。その先針葉樹が現れてくると、針葉樹+笹のヤブ。この植生と広い尾根とで、去年の夏合宿南八甲田のくだりを思い出した。それに比べると、笹の背がまだ低くて前が見えてだいぶ楽。下っていくと、トップ長谷川から、ムジナ平手前コルに着いたとの報告。そこでピョコを越えるように指示。木村は190度や140度→160度の尾根を見つけ、160度の尾根を進もうとする(天図タルミのあいだに木村は元気になっていたようだ)。長谷川は120度で進んで右に落ちている、という情報。これだけの情報があれば、自分達の現在地がまだムジナ平手前コルよりも前である事はすぐに分かって欲しかった。12時間以上行動した後にこんな事をやらせるのは酷かもしれない、とは思ったけど。コルに着いた、との情報は、隠れピョコの存在によって導かれたようだ。二人を戻し、正しい方向に進んだ。このあたりは一体がサイト適地。笹は濃くなく適度に木が生えていて雷の心配もない。ムジナ平のピョコは実はあまりはっきりしないので、あまりこだわってもしょうがなかった。もうすぐ18時になるということで、ムジナ平先コルの少し手前でサイトする事に決定。
 テント、フライを張っていたら雨がわりと強く降り出す。雨と、地面がやや傾いているのとで多少不快。これがヤブサイトだぞ2年生(白山に比べればなんという事はないサイトだけど)。夕食はCCG+ペンネ。わりとおいしい。サイトで結構長谷川が山森に怒られていた。一瞬ビニール袋に火がついたときは怖かった。就寝が遅くなった事を考え、明日の起床を3:30とする。それに伴い、明朝のメニューを早くできるラーメンもちに変更。20:30頃就寝。福村とも相談し、翌日の三坂峠到着時刻が正午を過ぎるようならER2下山の方針にする。

7/16(日) 雨一時晴れ
▲@438〜453ムジナ平先コル537〜(タルミ一回619)〜(笹平通過は635)〜7271766ピョコ先下降点737〜(タルミ一回)〜(ピン通過は916)〜(タルミ二回)〜1158三坂峠1217〜1317稲包分岐1327〜(タルミ一回)〜(キワノ平の頭通過は1448)〜(タルミ一回)〜1609三国峠1615〜1640上越橋 

 3:30起床。4:10分撤収開始。ここでは一旦装備を全部木村に戻す。一番パッキングが遅かったのは福村。ムジナ平先コルで2年二人にお目付福村で水汲み出発。満ポリ3半ポリ1遇ったので発汲んでもらう。1750mまではいかないが結構下ったらしい。その後は薄くさくさく進む。木村も昨日より元気なのではやい。セバトノ頭〜笹平間は、開放感のある笹で気持ちよい。ここにいるときは天気もよく、群馬側はよく見えた。結構奥深い感じがするものである。福村山森写真撮影。この先1766付近の濃そうなのも見えた。
 笹平から下り、1766までのあいだは潅木。下る途中虹が見えた。そこを越えると笹+潅木少し、という具合になる。1766先の下降点ではトップ二人が角度を切って降りる。二人ともやや右。本隊はその左を通る。ここの下りははじめ潅木。その先1580mあたりでトップは現在地を見失いかける。「60度の間違い尾根」情報につられる。福村正解。180度の尾根、といえばここにいるとしか考えられない。その先は、特に濃くも薄くもなく、笹時々潅木。1502m先のピョコでは、隊の位置によって尾根の角度が異様に小さく見えることもある。落ち着いて考えれば大丈夫。正午三坂峠は厳しいかと思った頃、道が現れ、正午までに着く事が出来た。三坂峠には道しるべがある。
 後は道を下るのみ。地面がぬれていた事もあり、滑りやすい箇所多数。霧の中から時に鉄塔が現れ、威容を誇っていた。また、丁度刈り払いが行なわれていた。やぶ抜けして気が緩んだLが律速。長谷川も同様疲れていそうだった。木村は元気だった。4Pで三国峠。三国峠には小屋もあった。その後、古来からの道(坂上田村麻呂もとおったらしい)を下る。歩きやすい道である。上越橋の公衆電話でタクシーを呼んだ。が、携帯も入る。着替えのある人は着替える。その際、下河辺の天敵発見(蛭)。タクシーは、はじめ水上までのつもりだったが、上牧駅のほうが駅と温泉との間が近いということでそちらに連れて行ってもらう。上牧駅のそばの温泉に入り、そこからすぐそばにある四阿で長谷川リゾットを食べながら反省会。福村、山森差し入れの缶詰も食べる。翌朝は始発電車を優先し、サイトはしないこととし、適宜就寝。翌朝5:10の始発電車で皆帰る。

総評
 二日で26P弱とはよくも歩いたものだ。天気はよくなかったが、わりと充実したトレになったと思う。参加人数減少のため、ワンゲル正規の藪陣形の練習にはあまりならなかったが、薮漕ぎでの長時間行動ができ、今年のこれまでのトレにはかけていたものが経験させられたと思う。薮はそんなに濃くはなく、手ごろだと思った。


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