2006年09月20日

大峰縦走

2006年度秋企画――大峰縦走FB

参加者:3L谷田英生;2sL田中啓之、E吉村政彦、H長谷川賢太朗;1FW藤井達也


9月19日(火)晴れ

大和上市駅ca20:15=(タクシー)=ca21:30和佐又ヒュッテ▲0

近鉄線大和上市駅に20:00集合。現地集合であったが、吉村君が2食分の米を忘れたほかは、EFに大きな不備はなく、一安心。20:30に予約したタクシー(吉野近鉄)は20:00前から待機していたとのこと。5人乗り中型タクシーのトランクからは荷物があふれ落ちそう。車体が沈み、道路の凹凸にあわせて上下に揺れる。ただ、運転手は朴訥で好感が持てる方である。道中では、ローソンに立ち寄ってもらう。運賃は12310円。ヒュッテで記帳を済ませると、冬季にはゲレンデになるという広々とした草地でテント泊。サイト料は1人630円。水・トイレは無料。


9月20日(水)晴れ
▲0和佐又ヒュッテ5:40―6:09和佐又山―6:19コル6:37―7:15笙ノ窟―7:34石ノ鼻7:44―7:53小普賢岳―8:26大普賢岳8:36―8:45水太覗―9:29稚子泊9:39―10:04七曜岳―10:30/10:40―11:00行者還岳分岐(山頂往復15分)11:30―(水汲み5分)―11:47行者還小屋―11:51天川辻―12:20/12:30―12:55一ノ垰―13:20/13:32―13:34出合―13:55弁天ノ森―14:20聖宝ノ宿跡14:32―15:23弥山小屋▲1

 5:00起床、5:15撤収開始。既に空は明るみはじめている。降水確率0%と絶好の天気に恵まれ、予定どおり、和佐又山への登頂を開始する。山頂からは西の稜線がかすかに望まれるが、木立にそれ以上の視界を遮られる。途中、藤井君が吐き気を訴えたため、和佐又山周回路の分岐点でもあるコルのベンチで長めの休憩を取る。水分を補給させ、荷物を軽くさせる。ブナ林内の緩やかな傾斜を登り詰め、日本岳南壁の指弾窟・朝日窟・笙ノ窟を通過する。石ノ鼻では360度の眺望が得られる。藤井君の気分もだいぶ落ち着いた模様だ。連続する鉄梯子を慎重に登り、大普賢岳北肩で吉野からのびる大峰奥駈道に合流。南は熊野三宮へと至るこの道は2004年に世界遺産に登録されたばかりだ。大普賢岳山頂から南南西に見晴るかす弥山の頂はまだ10km以上の道のりにある。気を引き締め直し、先を急ぐ。国見岳へのブナ林を抜けると、難所、薩摩転げに至る。しかし、手がかりも整備されており、特に危険を感じることはない。苔むす稚子泊では1〜2張は可能か。ここからは、藤井君にもトップを務めてもらう。表示が整備されているため、迷うところはない。ただし、行者還岳への分岐から山頂までは、表示と異なり、往復15分程度を要する。湿度が低いため、水分の喪失が激しいのだろうか。行者還小屋手前の水場で、ポリ2発分を汲み足すこととする。小屋から一ノ垰付近までは、林床を低笹に覆われた明るいブナ林の中を辿る。さわやかな風が吹き抜け、肌に心地よい。ここまで、他の登山客に出会うこともなく、ひとたび人界を忘れ、物思いに浸る。トンネル西口からの合流点に近づくと、人影も姿を見せはじめる。道は岩がちになり、疲労の蓄積も色濃くなる。何とか小屋まで到達できる見込みが強くなったため、ここで、サイト地の前倒しに備えて歩荷していた水を捨てさせる。木の階段が続く、聖宝ノ宿跡からの急斜を最後に登り詰めて、1日目の行程は無事終了した。

 小屋は山頂にあるとは思えないほど、広々として立派である。しかし、宿泊料は高く、休憩だけでもお金を取るらしい。サイト料は1人500円。トイレは無料。ただし、水は1ℓ100円とのこと。先ほど水を捨てたことが悔やまれる。夕食を済ませ、小屋から2〜3分の山頂で日没を拝む。東西南北に幾重にも連なる名も知れぬ稜線を、西の方に沈まんとする夕日が赤々と照らす。「大和まほろば」。長谷川君の言葉に、誰しも頷く。


9月21日(木)晴れのち雨

▲1弥山小屋5:30―5:52八経ヶ岳6:05―6:17弥山辻―6:56/7:06―7:32舟ノ垰―8:02楊枝ヶ宿8:14―9:01/9:11―9:25鳥の水―9:37孔雀岳―10:00/10:12―10:14椽ノ鼻―10:55釈迦ヶ岳11:15―11:49深仙ノ宿(水汲み往復30分)12:39―12:59太古ノ辻―13:20/13:32―14:13/14:25―14:45小仲坊16:08―16:30車止め=(タクシー)=ca17:20温泉ca18:00=ca19:15大和上市駅

 テント泊は自分たちだけの模様。ラーメンもちとフルーツゼリーの朝食を手早く済ませ、5:30に出発。シカの被害から守るために2重の金網で囲われたオオヤマレンゲの自生地を過ぎると、まもなく、大峰山脈最高峰にして近畿最高峰である八経ヶ岳に到着。この後しばらく山頂を打つことはないため、ゆっくり眺望を楽しむこととする。弥山辻で方角を南に転じると、舟ノ垰まで、道は稜線の西側を続く。「大峰は弥山以南が面白い」との言葉どおり、昨日の明るい公園のような雰囲気とは一変して、立ち枯れた白木や苔むしたブナが姿を多くする。道も両側から低笹が茂り、足場となるべき石を苔が覆うなど、人跡が疎らであることを忍ばせる。表示も途絶え、かなり長い区間、稜線を離れて同一等高線上を進むため、位置感覚が怪しくなる。西方の山並みは美しいのだが、惜しむらくは南北にのびる送電線がいささか興ざめである。1693は東側を巻く。楊枝ヶ宿は再築されたばかりで新しい。仏生ヶ岳北面は地面を苔が厚く覆い、真っ白なブナが整然と佇む。くつろぎの衝動を覚えるが、先は長い。昨夕の谷田君の提案もあり、今日は前鬼まで降りる可能性があるのだ。鳥の水は申し訳程度の水量。孔雀岳は山頂がはっきりとしない。ここより、釈迦ヶ岳までは金剛界と胎蔵界を分かつ大峰山脈核心部のひとつである。しかし、倒木と若干の岩場が目立つほかは、高低差もあまりなく、特に危険な箇所はない。表示がないため、椽ノ鼻も事前に写真を確認していなければ、気づかずに通り過ぎてしまうことだろう。釈迦ヶ岳手前の大岩では一旦稜線を南に外れて、大きく巻き返す。釈迦ヶ岳山頂には、巨大な釈迦如来の立像が安置されている。眺望は良好。昨日今日と歩行距離が長いため、ピッチ数以上に疲れがたまっているようだ。長めの休憩とする。途中の分岐を右に見やり、深仙ノ宿への道を選ぶ。急坂の先には仏堂と避難小屋の2つの建物が見える。弥山小屋で汲んだ水にはもはや余裕がないため、止まるにせよ進むにせよ、ここで補給をしなければならない。谷田君、吉村君、藤井君の3人を残し、長谷川君と2人でまずは北に100メートルほどの香精水を汲みに行く。ところが、湧水の恵を讃えた古歌の献ぜられた石碑の前にそびえる岩壁からはわずかの水が滴るばかり。その下に置かれた、石の水槽には落ち葉が幾層にも積み重なっている。諦めて、西の沢へ降りることにする。しかしながら、ようやく水が流れ出す地点までは往復30分ほど。涸れ沢を登り返しつつ、水の貴重さを思う。水汲みに予想外に手間取ったが、今日中に前鬼まで降りることとする。夕方からの天気も保障されていない。大日岳山頂は、西側からのルートを探すうちに、巻いてしまう。戻り返すことはせず、太古ノ辻で奥駈道から離れる。ちょうどここが吉野と熊野の中間地点。修験者の道はどこまでも険しい。前鬼へと下りはじめて15分ほどで水量の豊富な沢沿いに出る。ここでも水は汲めただろう。パーティの疲労を考慮して、休憩は多めに取ることとする。急な木の階段が足に辛い。最後、沢沿いの緩やかな道を20分ほどで前鬼小仲坊に到着。旧式の公衆電話(10円玉専用)で16:30にタクシー(川上)を呼び、その間、余った食材で空腹を満たす。調理中に小雨が降り出してきたため、軒下に移動する。大変きれいな小屋であるが、この時期にはもう人はいないようであった。食事の後片付けをし、林道を車止めまで移動。運転手はたいへん人の好い方で、5人乗り中型タクシーに無理をして荷物を載せても少しも気分を害した様子がない。林道の途中、不動七重ノ滝が見える地点では車を止めてくださり、国道途中の温泉(21:00まで)では入浴中40分近くも待っていただいた。運賃は20400円。長谷川君が吉野へ向かうというため、大和上市駅で解散とした。


まとめ

 熊野から吉野を結ぶ大峰奥駈道は、全長100kmを越え、踏破には最低でも6泊7日を要する、まさに修験道である。今回歩いたのはその一部分に過ぎないが、それでも30km以上の道のりはあっただろう。圧倒的な山容や遥かな展望を期待できる山域ではないが、ブナの原生林に代表される手つかずの自然と、1千年紀以上の永きに亘る山岳・仏教信仰の歴史とが織り成すその重みを、一歩一歩踏みしめる、今回のような山行にも独自の良さがあろう。天気に恵まれたこともあり、十分大峰の魅力を堪能できたのではないだろうか。



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